「あごがはずれる」ということについて

 ときおり「あごがはずれるんです」とおっしゃる患者さんがいます.「口が閉じられなくなるんですか」と訊ねると「いえそうではなく「かくっ」と音がするんですが,閉じられなくなったことはありません」とのこと.これは「顎関節症について」→「顎関節症の4つの型」で説明した,関節円板が前方に位置をずらしたために出てくる音であって,あごがはずれたわけではありません.このように顎関節から音が出ることを外れると間違って考える方は多くいます.

 そうではなく実際にあごがはずれる場合があります.その状態になると口を閉じることができなくなり,唾液を飲み込みづらくなることからよだれが出て,発音も不明瞭になります.初めて起こった時は,筋肉がつったような痛みも出るはずです.「あごがはずれる」というのはこの顎関節脱臼になることを言います.

 この顎関節脱臼が原因になってその後顎関節症になる方もいます.あるいは何回も脱臼を繰り返すことで簡単にはずれる習慣性脱臼に変化する方もいます.習慣性になると痛みはなくなり,簡単に戻せる方も多くなりますが,あくびなどの日常動作で外れやすくなるために,戻し方をまだ習得しておられない方は,そのたびに歯科医に受診する必要が起こるため,深夜に起こすと困ることになります.

 

 この顎関節脱臼は顎関節症とも関連性があることから,「あごがはずれる」とはどのようなことが起こっているのかについて説明します.その説明のためには,まず顎関節の構造と関節運動を知っていただく必要があります.顎の関節は耳の穴(外耳道)のすぐ前にあります.その表面を覆う皮膚と関節を取り巻く関節包(かんせつほう)と外側靱帯(がいそくじんたい)を取り除くと顎関節が現れます.この関節は下図に示すように関節の軸となる下顎頭(かがくとう)と軸受けになる下顎窩(かがくか)とその前方の関節隆起(かんせつりゅうき)という骨,およびそれら両者の間にある関節円板(かんせつえんばん)という,骨ではなく硬く締まったコラーゲン線維の集まりからできています.

 次に運動について説明します.小さな口を開け閉めするときは,この関節の軸である下顎頭が回転するだけですが,口外前歯の間で30mm以上の口を開けようとするとき,この軸である下顎頭は下の図にあるように閉じたときの位置から前方に出て行きます.

 

 このように,大きな口を開ける時には下顎頭が前に出るのですが,その時に間に入っていた関節円板も下顎頭と一緒に前方に移動します.移動したところで仮の軸受けのクッションになります.

 多くの人では下顎頭の前方移動量は下の図に示すように,関節隆起の下の辺りで止まります.

 しかし中にはもっと前まで下顎頭が移動する場合があります.たとえば下の図に示すようにかなり前まで過剰に動くのです.たとえば長時間にわたって開口状態を続ける必要があった歯科治療,あるいは滑稽なテレビを見ていて大笑いするといった場合です.

 こういった動作中に,口を閉じる時に働く閉口筋(「顎関節症の4つの型」の所で説明した筋肉),特に側頭筋や咬筋が「つる」場合があります.この閉口筋がつると前方に移動した下顎頭と関節円板を上方の骨に押しつけ,それによって後ろになった下に出っ張っている関節隆起をくぐり抜けて後方に戻れなくなります(下の図).これが顎関節脱臼です.

 いままで説明してきましたように,顎関節脱臼という現象は,他の関節の脱臼とは違うのです.他の関節なら,脱臼とは本来関節の軸が行くことができない位置に無理矢理押し込まれた状態を指します.しかし顎関節では移動した下顎頭の位置は多少過剰かもしれませんが,本来動ける位置に行ったことに過ぎません.たまたまその状態の時に筋肉が押さえ込んでしまったために,元の閉口位の位置に戻れなくなった状態に過ぎません.ですから実査の現象から言うなら「はずれた」のではなく,「戻せなくなった」というのが正しいのです.

 

 顎関節脱臼が起こった場合にどこへ行くのがいいのかというと,歯科治療中に起こった脱臼を直す(「整復する」と言います)経験が多い歯科医を受診するのがいいでしょう.最もお勧めなのは,日本顎関節学会のホームページから各地の顎関節専門医を調べ,お近くの専門医を受診するのがいいでしょう.深夜で歯科が開いてない場合は救急外来に行くしかありませんが,経験がない医師の場合すぐには整復できない可能性があります.