かみ合わせの悪さが原因ではない

 もし仮に「かみ合わせの悪さ」が本当に顎関節症の原因だったとしたら,昔の日本には顎関節症のひとがあふれていたはずです.日本では昭和36年に,はじめて歯科医療に皆保険が導入され,誰もが歯科治療を受けられるようになりました.ですからそれ以前の日本では,お金持ちしか歯科治療は受けられなかったのです.むし歯になってもそのまま,ひどくなれば歯を抜く,抜いたところに入れ歯もいれない.といった人々が沢山おられたのです.もし「かみ合わせの悪さ」が原因だったなら,多くのひとがうまくかめないようなかみ合わせだったのですから,「口が開きにくい」「口を開けると痛い」という顎関節症の症状をもち,生活が不自由であったことだろうと思います.世の中に多くの人々がつらさを訴えていたなら,そういった記録が何かしら残っていていいはずです.しかし,どんなに調べてもそのような記録はありません.

 また現在でも発展途上国や民族間の紛争が絶えない地域では,十分な歯科医療を受けることのできない人々が多数おられます.そのような国や地域の人たちが顎関節症に苦しんでいるという話しは聞いたことがありません.国際学会等で現地からの出席者に尋ねてもそのような情報を得られることはありません.むしろ経済が発展しており,歯科医療も最先端の治療を受けられる地域国家の方が,顎関節症の患者が多いという印象があります.

 このように「かみ合わせの悪さ」が顎関節症の原因にはなっていないという認識は,世界中の顎関節症の専門医には一般的な認識になりつつあります.しかし,中には「かみ合わせが悪い」だから「かみ合わせを治す」すると「歯科医にお金が入る」という図式をどうしても持ち続けたい歯科医もいます.これが原因となって「かみ合わせの悪さが顎関節症の原因だ」という考え方がいまだ根強く残っているのだと思われます.

 かみ合わせの悪さが原因になっていないことを私自身が感じたいい例があります.私はこれまで,40年にわたって顎関節症の患者さんの治療にたずさわってきました.初めのうちは先輩の意見や,高名な歯科医の書いた著書などを読み,かみ合わせの悪さを治そうとする治療を行いました.ところがどんなに勉強して治療しても,私のかみ合わせ治療で治る患者さんはごくわずかでした.それは「腕が悪いせいだ」と先輩に言われ,自分でも反省していました.ところが,自分に腕がないのだからと,そういったかみ合わせ治療は5年ほどであきらめ,全くかみ合わせを変えない治療方法に転換したところ,良くなる患者さんが一気に増えたのです.現在はさらに治療方法が発展し,かみ合わせを全く変えないのに,ほぼ100%近い方の顎関節症が治るようになりました.このことが「かみ合わせの悪さ」が原因ではないと確信するようになった私の経験です.

 もちろん,現にかみ合わせが悪く,うまくかめないという方もいらっしゃるでしょう.それでもかみ合わせをいじらなくても症状を消すことはできます.悪いかみ合わせは顎関節症を消してから治せばいいのです.それによってアゴの関節の調子も良く,かみ合わせも良くなって何でも食べられるようになります.この順序を逆にすると見た目にはきれいな歯並びになっているのに「うまくかめない」という,悲惨な状態になることがあります.

 ですから,あなたが顎関節症の症状をおもちであり,歯科医から「かみ合わせを良くしないと顎関節症は治りません」と言ってかみ合わせ治療を勧められても,絶対にその治療を受けてはいけません.かみ合わせを治していいのは顎関節症などの問題がないという状態になってからだとお考えください.