ご自分のかみ合わせをよくしたいとお考えの方へ

 ご自分で「かみ合わせの悪いことが,色々な問題の原因になっている」とお考えの方はたくさんいらっしゃいます.歯列矯正治療や,歯を削って真っ白なかぶせもので女優のような綺麗な歯並びにすれば,今お悩みの問題は解決するだろうとお考えになっている患者さんの話しをよくお聞きします.でもその治療を受けるのはちょっと待ってください.いくら歯並びを良くして,しっかりしたかみ合わせにしても「顎関節症の最大の原因TCH」で触れている癖であるTCHがあるなら,問題は解決しないかもしれません.もっと悪いことにTCHがあると,歯列矯正治療や歯を綺麗にする治療を受ける事で,TCHが長時間化することが多いために,今の症状がさらに悪化する危険性があります.ですから,そういった治療を受けようと思われている方はまずTCHがあるかどうかをしっかりと確認してください.

 そもそも,本当に歯並びを良くすることがいい結果を招くのでしょうか.顎関節症のことを専門にしている歯科医であれば,歯列矯正治療で必ず顎関節症を治すことができると断言できる人はいません.また矯正治療中にTCHが長時間化すると顎関節症が逆に出てきたり,元々顎関節症があった患者さんではしばしば悪化します.

 それから歯列矯正治療の限界についても知っておいて欲しいと思います.それは歯列矯正を行ったなら,その後一生涯,綺麗な歯並びでいられるかというと,そのような保証はありません.治療が終わった瞬間から歯は動こうとしますので,綺麗になった歯列は徐々に歯並びが悪くなっていきます.このように歯並びが悪くなっていくのには大きな原因があります.人間が属する哺乳類は,恐竜の絶滅から5000万年もの時間を掛けて,現在のような形と機能を進化させてきました.その過程で砂まじりの食物を食べると,歯が削れ,上からすり減っていくと,隣り合った歯の間にすき間ができ,そのために,そしゃくの強い力を1本の歯でささえることが不利であることから,すき間を埋めるように適応してきました.具体的には歯並びの後ろにある歯が前方に動く様に進化したのです.この動きによって歯のすき間ができることなく,いつもしっかり並んだ歯で食物を咀嚼することができるようになったのです.

 しかし,人間だけはこの2千年ほどの間に,食物に火を通して柔らかくする,あるいは砂が食物に混ざらないようにするという技術を発展させてきました.このために,野生の哺乳類と同じような食べ物を摂取していた頃と比べて,歯のすり減りは極端に減ってしまいました.それでも,これまで何百万年もの時間を掛けて獲得してきた歯の動きは止まりません.いまも数千年前と同じように後ろの歯が前の歯を押しています.後ろにある大臼歯は根が3つや2つあり,しっかりとした大きな歯です.これが前方に歯を押すと,前歯はその力に抵抗できないために,上の前歯は徐々に反っ歯(先端が前方に向く)になり,下の歯は上の歯からの抑えがあるために,前に出られず,回転したり,内側に倒れてきたりします.こうして子どもの頃は綺麗な歯並びだった方も年齢を増すに従って歯並びは悪くなっていくのです.

 そのように変化は続くのですが,食物をかみにくくなるということはあまりありません.といいますのは,上下の歯が前に動きながら,上下の咬み合わせの関係は保ったままなので,咀嚼が不自由になるといったことは起こりにくいのです.ですから年を取るに従って歯並びが悪くなるにしても,機能的に障害となることはめったにありません.

 以上のようなことを知ったうえで,それでも綺麗な歯並びにしたいという審美的な要求から歯列矯正治療を受けるということはありうることです.その場合も矯正治療終了直後から歯並びは徐々に悪くなることを知っておいてください.女優や歌手の方たちでいつまでも歯並びの綺麗な方たちは,どのようにしているかというと,矯正治療の終わった歯列の内側にワイヤーを貼りつけているのです.これによって歯列が崩れるのを防いでいるわけです.矯正治療を受けたことのある方はご存知でしょうが,治療終了と共に矯正医から「リテイナー」を渡されたと思います.これを夜間口に入れたまま寝ることで,並び終えた歯列をその状態に維持しようとするのです.ですから,リテイナーは基本的に一生使い続ける必要があるのです.このように歯列矯正によって綺麗な歯並びになってからもずっと苦労は続くのです.