顎関節症でも症状が音だけの方へ

 前の「顎関節症の4つの型」でも触れましたように,「カクン」という音だけで他の症状がない場合,現時点では手術以外に音を消す方法がないことから,手術まではすべきでないというのが顎関節症の専門医の意見です.しかし,「音が気になる,心配だ」とおっしゃって来院される患者さんがしばしばおられます.そこで,この「カクン」という音についてご説明いたします.

 前の「4つの型」でも説明しましたように,顎関節内部には関節円板という組織が入っています.この構造物は関節の軸となる下顎頭と軸受けである上の骨との間に挟まっているクッションのような物です.この関節円板は非常にずれやすく,しばしば前方に位置をずらします.そうなると,口を大きく開けるときに,関節の軸である下顎頭は大きく前方に移動するのですが,前にずれた関節円板があると,この下顎頭の動きを関節円板が押さえてしまいます.それでも下顎頭を前に動かそうとするときに,前で押さえていた関節円板が「カクン」という音をともなって下顎頭の前からはずれ,下顎頭の上に乗っかります.それと同時に下顎頭が更に前方に移動することで口が大きく開くことになります.ですから「カクン」という音を持っている方は,ご自分の音の発生と口の開き方をじっくりと観察してください.口を開けていくと,顎関節に動きを押さえるような感覚が始まり,それが突然消失すると共に「カクン」と音がして,大きく口が開くはずです.

 大きく口を開いてから閉じる時も音が出る方もいます.これは開ける時とは逆で,前に移動した下顎頭の上にのっていた関節円板がある程度まで口を閉じ,後ろに戻ってきた下顎頭から前方に落ちるときに起きる音です.この時は引っかかることなくするりと落ちる場合もあります.その場合は音になりませんから「口を開けるときだけの音」となります.

 関節円板のこのような軽度な変形をもつ方は非常に多く,最低でも156%,多い報告だと調査した人たちの50%を越えたというものもあります.そのような人たちの多くは「カクン」という音が小さく,ご自身では気づいていない方も多いのです.また,大部分の方は痛みや口が開かないといった問題もありません.したがって顎関節症でも音以外に痛みや開口障害を伴っているなら,その痛みと開口障害とは治療すべき症状です.

 ただ,変形が大きい方では「音が気になる」「わずらわしい」「家族から心配された」といったことで,他の症状がなくとも受診されることがあるのも事実です.昔はそのような方々に対して,変形した関節円板を正しい位置と形に整形しようという目的で,各種トレーニング方法や手術方法が開発されました.しかしそのような方法どれ一つをみても,確実な方法ではなく,またその患者さんがTCHを持っていたなら,一時的に改善しても必ず再発します.また,それなら音の原因となっている,関節円板を手術で取ってしまうという方法もありました.しかしこの手術によって「カクン」という音は消えても,今度は「ザラザラ」「ギシギシ」という音が出る場合があります.

 さらに手術そのものが顎関節という小さな関節にとっては,大きなリスクを持っているのです.この関節の大きさはご自分の親指の頭程度で,その位置は皮膚から2cmも深い所にあります.手術でそこに到達するには,間にある動脈や静脈,顔面の表情筋を動かす神経の一部などを避けながら入っていかねばなりません.この手術後に出やすい術後障害として,眉が上がらなくなったり,まぶたが閉じにくくなったりする神経伝達障害がでることがあります.こういったリスクを冒してでも行うべき手術であるかどうかを判断する必要があるのです.これまで木野が音を消すために関節円板切除術を実施した患者さんがお二人おいでです.これらお二方はいずれも音声に関係するお仕事に携わっておいでで,ご自分の顎関節の「カクン」という大きな音が仕事上での問題になっておいででしたので,あえて手術を選択しました.しかし,そのような特殊事情のない一般の方の場合,手術まですべきではないと考えられます.

 そういった経験から上に説明したように,「音だけなら治療は不要」という判断が世界的に定着したのです.

 ただ一つだけ注意しておきたい事があります.ここで説明したのは顎関節症としての音でした.しかしまれではあるのですが顎関節症以外の病気で音が出る事があります.そのような顎関節症以外の問題があるのかどうかを一般の方が判断するのは難しいことですので,もし気になるなら顎関節症の専門医を受診すべきですが,少なくとも音の大きさ,出現するときの口の開き具合に変化なく,冒頭に説明した痛みや開口障害がないなら様子をみていただいてかまわないだろうと思います.