顎関節症の最大の原因TCH

 顎関節症の最大の原因は,私たちの研究の結果からTCHと名づけたある癖であることが分かりました.30項目以上の顎関節症の原因と思われていた色々な要因の中で,唯一この癖だけが,顎関節症の慢性化の要因であることが分かったのです.このことが分かってからまだ10数年ですが,この癖を治すためのトレーニングを開発して患者さんに行っていただいたところ,これまでの治療ではどうしても治らなかった方たちの顎関節症が治りました.

1.TCHとはなにか?

 この癖とはどのようなものかと言いますと,「必要のないときに,上下の歯を接触させているという癖」です.一般的に口の中の上下の歯は,たとえくちびるを閉じていても接触していません.ではどのようなときに接触するのかと言いますと,食品の飲み込み,会話,食品の咀嚼のときに瞬間的な接触をします.一番長い飲み込みのときの接触でも1秒未満です.ですから,24時間の間の接触時間を足していっても20分を超えることはありません.ところが上に述べた3つの場合以外のときに歯を接触させたままになっている人が,かなりの数でいるということが分かりました.顎関節症でお痛みのある患者さんでは80%近くの方たちがこの癖をもっていました.いままで気づかなかったこの癖が「どうもあやしい」と考えて,上で説明したような調査とその分析をした結果,この癖をもっている患者さんは,癖の是正をしないかぎり,他にどのような治療を受けても,完全に顎関節症から治ることはない.ということが分かったのです.そこでこの癖を上下歯列接触癖と名づけましたが,名称をもっと簡略化しようと考え,歯(Tooth)を接触させている(Contacting)癖(Habit)でTooth Contactin Habit. 略してTCHと呼ぶようになりました.

2.TCHがあると必ず顎関節症になるのか?

 この癖があると,誰でも必ず顎関節症になるかというとそうではありません.この癖があっても,癖による筋肉の疲れや,顎関節への負担増加に対応できる,頑丈なあごの筋肉や顎関節を持っているなら,症状を自覚することはないでしょう.しかし,顎関節症で痛みを持つような方たちの場合,上にも述べましたように80%近くの患者さんがこの癖を持っていました.これまで,顎関節症の原因と考えられていたもので,これほど多くの保有割合を示したものはありません.

3.TCHが顎関節症を招く理由

 このTCHがどうして良くないのかというと,TCHがあると下あごの歯を上アゴの歯に噛み合わせるために働く筋肉(閉口筋)が働き続けるのです.本来であれば上に説明したように,歯の接触は1日20分未満,ですから筋肉が働く時間も20分未満なのに,TCHのある方はそれが何倍にも増えます.そのために筋肉は疲労してきます.疲労がたまってくると,その筋肉を引き伸ばそうとすると痛み始めます.この症状が顎関節症の筋肉痛です.また閉口筋が働くと顎関節では関節の軸(下顎頭)が押しつけられることになります.この時間が長く続くと,摩擦が大きくなりますので,その後に急に口を開けたりすると内部を傷つけやすくなります.こうして顎関節そのものの痛みも始まります.

4.どのくらいの人たちがTCHを持っているのか?

 このTCHが一般の方たちの中ではどの程度みられるのかを調べてみました.その結果,一般企業や中学校での調査では20数%でした.ですから多くの方たちはこのTCHを持っていないと考えられます.しかしこの癖はちょっとしたことがきっかけとなって始まるだろうと考えられます.たとえばこんなケースがあります.53歳の専業主婦の方です.昨年春にそれまでお住まいだった都心のマンションから,長年の夢だった郊外の新築一戸建ての住宅に転居しました.今度の住まいは居住空間が広がり,庭もついていてガーデニングも楽しめるようになりました.その新居での生活が始まって半年ほどしたころから,右の顎関節でときおり「カクン」という音が出るようになりました.痛みは無かったので気にしないでいたところ,その1ヶ月後に大きく口を開けられないと言う状態になり,口を開けたり,硬いものをかむと右の顎関節に痛みを感じるようになりました.近くの歯科を受診したところ,そこではよく分からないと言うことで紹介されて木野のところにお出でになりました.診察して顎関節症と診断いたしました.明らかにTCHもおもちです.お話しをうかがうと,新居に移られてから,張り切って家中をキレイに磨き上げ,ガーデニングにも精を出して庭中に花を咲かせているそうです.元々性格的に几帳面な方で,何事もいい加減にすることができず,家事作業では徹底的に主婦業をこなしておられるようです.この方の場合,引越しという変化をきっかけとして,家事作業が増加したと推測されます.それに対して几帳面な性格であったために,家事を頑張って行う際に上下の歯の接触持続が長時間化し,このTCHの長時間化が顎関節への負担を増やした結果,顎関節症が始まったのだろうと考えられました.この方のように人生の中での色々なこと(ライフイベント)がきっかけとなって,TCHの始まる方が多くおられます.

5.社会のIT化がTCH保有者を増加させている?

 ここでは専業主婦の方を例にあげましたが,もっと大きな問題になっていることがあります.最近では事務系の仕事にはコンピューターやインターネットが普通に使われる様になりました.ITinformation technology 情報技術)化が進み,昔のように筆記作業で書類作りをするということがなくなり,ほとんどの作業がキーボードでなされ,手紙を出すのではなくキーボードからの入力でインターネットを通じて情報をやりとりするようになっています.手作業での作業であった頃なら50分作業したら10分休むというように休憩を取りながら仕事をしたと思いますが,キーボード作業の場合だと筆記作業ほどは疲労しませんから,何時間も作業を続けるという業務形態が増えています.そしてキーボード作業中は,多くの方が軽くではあるものの,上下の歯を咬み合わせています.こういったことが原因となり,顎関節症患者さんが増えているように感じています.